ここではない場所。今ではない時代。ペトラルカ=チーフの物語。
ペトラルカとヒーラーは、夕暮れ時、エアバルーンの爆撃により崩れ去った村のがれきの中を、ふたりで見回っておりました。
けが人はタウンホールに収容し、ヒーラーによる手当は終わっています。
ペトラルカは、足元のがれきを踏まないようにゆっくり歩きながら、悲しそうな顔で言いました。
「なんでこんなことするんだろう」
ヒーラーはそれには答えず、ふっと腰をかがめると、道端から何かを拾いました。
彼女の手にあったのは小さな布袋でした。
「それは…?」
「財布だね」
ヒーラーは財布を、逆さにしてふりました。中からはなにも出てきません。
「この中身を抜き取ったの、たぶんこの村のだれかだよ」
「そんな…」
「わっるいやつもいるもんだよねえ。爆弾が落っこちてきて、みんな、生きるか死ぬかの瀬戸際だっていうのに。ちゃっかり、落ちてた他人の財布から金貨を抜き取るってんだから」
ペトラは唇を噛んでうつむきました。
「ペトラ、あんたに覚えておいてほしいんだけど」
ヒーラーは言葉を選ぶようにゆっくり言いました。
「この世は天国じゃない。この村は理想郷じゃない。敵が悪くて、こっちが正しいって言いきれるもんじゃないってことをさ」
「…わかってるよ」
ペトラが辛そうに小さな声で言いました。ヒーラーはすこし表情を優しく崩しました。
「でもさ。あんたはいいやつだよ。だからさ、あたしはあんたを助けたいと思うし、あんたの村づくりを手伝うよ」
ヒーラーの言葉に、ペトラはしばらく沈黙した後、言いました。
「私はどうしたらいいんだろうね。これまでずっと、ゴブリンが憎くて嫌いでしかたなかったけど。一番怖いのは人間なのかなって。最近思ってるよ」
「ま、あんたはいいやつだよ」
「…」
「あたしバカだからよくわかんないけどさ。あんたはあたしが見てきた人間たちの中ではずいぶんマシなほうだと思う。だからさ、なんていうかさ。あんたが村を大きくしていけば。殺すとか壊すとかじゃなくて、治すとか癒すとか。そういうのが、かっこいいって言われる世の中になっていく気がするよ」
ペトラは笑いました。
「いいね、そういうの」
ヒーラーは鼻をすすって胸を張りました。
「そういう世界なら、あたしはヒーローになれるしね」
ペトラは笑顔のまま、がれきのむこうに見える見える輝く海の、水平線を見つめながら、思い切り伸びをして言いました。
「大きくなりたいなー。わたし、大きくなりたい。そんで、強くなりたいよ」
ヒーラーは苦笑いしました。
「いや、トシなんてとるもんじゃないけどね」
「あたしはトシとりたい。トシとって、強くなって、みんなを守りたい。悪いやつをみんな倒したいっ」
海に沈む夕日。ヒーラーは、清らかな赤い光に照らされるペトラの横顔を、じっと見つめ続けておりました。
そして、それから3年の時がたちました。
破壊された村も完全に復興しました。
対空砲も整備され、もはやエアバルーンも怖くはありません。
魔法使いの「スペンダー」が「ラボ」を建て、ユニットの武器防具の強化も進めました。
スペンダーが開発した武器は旧来のものとは段違いの性能で、口の悪いアーチャーも、新型のコンポジット・ボウの試射をしたとき、その威力に感嘆しきり。褒めちぎるほどでした。
いっぽうで、ますます激しさを増すクランどうしの抗争。ペトラの村もその戦いに巻き込まれ、何度かほかの村と戦火を交えました。
しかし、ペトラ軍はクラン戦で活躍できない日が続きました。
「ドラゴンがいないからな」
そう断言するのは、ペトラと同じクランに所属する、ユリウスという若者でありました。
ユリウスは、14歳になったペトラより5歳年上の青年です。
年取った村長の多いペトラのクランの中では比較的若く、年も近く、なにかとペトラに助言(あるいはちょっかい)を出してくるのでした。
彼はドラゴンラッシュ、すなわちドラッシュの達人で、対戦でも「エース」として活躍しておりました。
おまけにユリウスは颯爽とした容姿の持ち主でした。
ユリウスのことをヒーラーは「いい男だわー」と言いますし、何かと辛口の村人も「顔は悪くないですね」と評します。
しかしペトラはその点、あまりぴんときません。
ペトラはなんといっても、グローバルチャットで出会った黒マントの男、カールが憧れのひとでした。
とはいえ、それは単なる憧れにとどまり、恋だの愛だのといったことは程遠い、実務的な毎日をすごしていたのですが。
ペトラはその青年ユリウスに聞きました。
「ドラゴンって、どうやったら私の村に来てくれるのかな」
「そりゃお前、ドラゴンの島に行くことだよ、うん。」
ユリウスは腕を組んでもっともらしく言いました。